久しぶりに母方の祖父のところへ会いにいってきた。
御年89歳。ひとり暮らし。
認知症がはじまって、色々なことが思い出せなくなって、
出来ないことが増える日々だけど、そんな祖父が絶対に忘れないこと。
それが''音楽''
芸者さんの息子で、小さい時から芸事が身近な環境だった。
商いがだいすきで色々な商売をやったあと歌の先生を始めて、今も民謡を続けている。
小唄は名取(芸道で、一定の技芸に達した者が師匠や家元から芸名を許されること。また、その人。家元を頂点とする一門の構成員として、教授をすることが 認められる。) らしい。
カラオケも教えていたから、昭和の演歌の題名をいうと、びっくりするくらい何でも歌える。一体何曲頭に入ってるんだろう。本当にすごい。
今日もいつも通り演歌を口ずさんでいた祖父に、生まれてはじめて
「三味線聞きたい!」とねだってみた。
私の名前わかる?と聞くと、「う~ん、、よくわかんなくなっちゃったなぁ、、、○○!(姉の名前)」と間違えたり、通販で高額サプリを沢山買ってしまったり、明らかに呆けてきた祖父が、手際よく自分の耳でチューニングする姿。
''演歌だったらなんでも弾けるよ''と、リクエストした曲を頭の中にある楽譜で弾く姿。
最高に痺れた。
私もはじめて弾かせてもらったけど、三味線はギターのようにフレットがないから、弦を押さえる場所を感覚で掴んでいくらしい。
見よう見まねで音階を弾いてみたりして、楽しかった。
帰り道、今まで聞いたことがなかった祖父の生い立ちを母から聞いた。
ここには書けないくらいの結構な波乱万丈だった。というか、
それ本当?ドラマ?という感じ。
なるほど、、、昔からなんとなく派手な雰囲気なのはそういうことだったのかとうなずけた。
そういえば
「俺は大学生の時セフレがいた」
「お前は太ってるけどおっぱいがあるから良いね」
と言われ、爆笑したことがあったなと。
普通孫にそんなん言う?
破天荒な祖父。
歌うことや音楽がだいすきになれたのは、きっとおじいちゃんの隔世遺伝だね。
ありがとう。またすぐに会いに行くね。